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雅也

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Back shots 照

■ブログタイトル(転機の度に変えます)
Simple Pleasures
Straight Blue Lines
Learning to Fly
音の旅
Airport in Blue(現在)



【10歳-14歳】 父親に連れられて行った谷川岳の登山旅行に行く途中、深夜の上野駅のムードに完全にやられてしまい、これが全ての始まりだったとはその時は知る由もなかった。その時はもう登山なんてどうでもよくなっていて、「あのエキサイティングな活気はなんだったのか。」と幼心に考えていた。それはまさに全盛期時代の上野地上ホームの風景だった。そして自分はそのまま撮り鉄の道に入っていった。



【15歳-17歳】 まわりのお友達の影響でギターを購入、はまる性格の自分は日々コソ連を積み重ね、ボウイわがままジュリエットのソロを完璧に奏でて学校一の称号を得た。邦楽洋楽聞きまくったらなんでもコソ連するという、目立ちたいけど目立ちたくないというかなり複雑なお年頃だった。



【18歳-28歳】 まわりのお友達の影響でサーフィンにはまる。徹底的にはまる性格の自分は毎週末海に通い、湘南の波に飽きると千葉に通うようになった。リアルなサーフカルチャーを発信する目的で当時流行っていたホームページを軽い気持ちで作ると、肝心なサーフのコンテンツは5人/日のアクセス(ほとんど自分)だったけどミュージックのコンテンツが400人/日のアクセスという一部分だけ爆発的な人気になっていった。ヌケのいい音楽とノリで当時サーフシーンでも人気のあったバンド(このバンドのGtがKEN YOKOYAMA)をメインにした、「JUSTROCK Hi-STANDARD」というタイトルのホームページだった。サーフシーンというよりも先端の音楽に敏感なヤングがマイホムペに集うようになり、その流れで別世界だったライブハウスにも頻繁に出入りするようになるが、東京のライブハウスッ子のイカすかんじには当時衝撃を受けた。(この頃の友人のおかげで今でもフェスにゲストで入れてくれる。)ただ今になって考えると洗練された東京アンダーグラウンドのライブハウスッ子も、珍しいサーファーが来たというかんじで歓迎してくれてたかんじだったが、当時はそんなことに気付かないで気おくれしていた。(自分はそういうのにとても気付かないタイプだった。)その頃乗っていたクルマはサーファー的に当時ど真ん中のセドリックワゴン、そしてさらに定番のウッドパネル!にはいかずにあえてニッチな茶色だった。茶色メタリック渋かった。このクルマは仲間からも相当イカしてる。ということでとても評判が良かった。中古で買ったが前のオーナーは木工系だったらしい。内張りの間から木くずが出てきたことがあった。その頃の仲間のクルマは3ドアのサーフ、ボロいボルボワゴン、ハイエース。どれもまあまあイカしていたが、とにかく自分のが一番イカしていた。台風のビッグスウェルのニュースを聞くとラゲッジに板を積んでBad Religionを聞きながらテンション上げていって、びびって砂浜で体育座りをしていた。いい思い出だ。そして30近くなると千葉の地元っ子に波を取られて乗れないようになり、というか元々取られててスキマ狙いだったのが完全に取られて乗れないようになり「やってらんねえなコレ。」というかんじで、「でもロンボはダセえからイヤだ。」と言い放ちサーフィンから引退を表明した。



【29歳-35歳】 サーフィンをやめて暇なので再びギターを手に取り、サーフィン時代に聞いていた音楽、(メロディックパンクと呼ばれるジャンル)をコソ連(二期目)をするようになるとバンドに誘われて横浜ミュージックシーンの中心、横浜FADなどでプレイするまでになった。(この頃に今でも好きなバンド、ANCHORと一緒に演ったことがほっこりと嬉しい出来事だ。)しかし音楽性の不一致(と言いつつ本当は性格の不一致という良くあるパターン)で自分たちのバンドは解散、その後DAWデジタルオーディオワークという高価なセットを組み、一人宅録に励むようになるが何回録りなおしても上手くいかないことが多発、自分のテクが録音レベルじゃないという致命的なことに気づき宅録からも引退を表明した。



【36歳-現在】 いろいろ趣味が尽きたところで「もう若くないな。」とおっさんを感じて一人で旅に出てみた。しかしまたもやはまりやすい自分、ニューヨーク、パリ、ロンドンと次々に都市を攻略、「ワンワールドで世界一周行くしかないぜ」と思っていたが今度は徐々に旅よりも10歳のころに感じたあの旅立ちのムーディーが自分の中でメキメキと目を覚まし、「私、旅の中でも出発前の空港が一番好き!」と自ら気付き、「なら旅に出なくても空港に行けばいいじゃない。」という結論に至り旅立ちのムーディーなかんじを空港で撮るようになっていった。自分の中では全盛期の上野駅地上ホーム、イコール現在の夜の成田空港さくらの山。ということになっていて実は同じようにかんじている。夜のムーディーを撮るのに必要な機材はなかなかお高かったが、(フルサイズのカメラに男のニッパチレンズ、屈強な脚回り)もちろんムーディーを撮るためなのでここで引くわけにはいかずにサーフボードやら楽器やらをヤフオクで売り飛ばしつつ揃えていった。お気に入りだったレスポールを売った時点で自分の青春は終わった。若気の至りで流されていた時期はそれはそれで得るものもあり良かったが、今は原点に戻った感じで、自分の好きな部分を好きなだけ追求できて充実してると思っている。




■楽器
Gt/gibson LP
Ag/martin D28
Ea/ovation CP
Ba/fender PB
IF/line6 kb37
DAW/steinberg cubase

■写真機
canon EOS 10D
canon EOS 50D
canon EOS 5DmarkII
canon EOS 6D
canon EOS 1DX

■レンズ
EF17-40mmF4L
EF70-200mmF2.8L IS II
EF400mm F2.8L IS II

EXTENDER EF1.4X III
EXTENDER EF2X III

■コンパクト
olympus PEN E-P2
※表示されている画像は「小320*240−iphone」「中640*480−PEN」「大1230*820−EOS」となっています。

■メール
曲、写真についてのご意見ご感想などありましたらよろしくお願いします。
straightbluelines[at]yahoo.co.jp

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